2010/01/18(月)
法友のhiromiさんや皆友さんが『蓮如の手紙』(国書刊行会 浅井成海監修)を読んでおられると聞きましたので、私も少し目を通しました。
帖内・帖外のすべての御文章を現代語訳にされたものでなかなかのものです。
ただ、読む際に気をつけなけらばならないところを、とりあえず一つ指摘しておきたいと思います。
【原文】
このゆゑに、南無と帰命する機と阿弥陀仏のたすけまします法とが一体なるところをさして、機法一体の南無阿弥陀仏とは申すなり。(御文章四帖目第八通 八カ条 最後の一カ条の後半)
【『蓮如の手紙』p121】
このゆえに、南無とお従いするわたくしどもの「機(救われる側の信心)」と、阿弥陀仏のおたすけくださる「法(阿弥陀仏の本願)」とが一つとなるところをさして、「機法一体の南無阿弥陀仏(救われる側の信心と、その者を救う阿弥陀仏の本願のはたらきとが一つであるところの南無阿弥陀仏)」といいます。
【私の指摘・補足】
上の文章の「一つとなる」という箇所が間違いです。
その後のフレーズの中では、きちんと「一つである」と書かれています。
「一つとなる」と「一つである」とは全く違います。
原文は「一体なる」であり「一体になる」ではありません。「一体である」という意味なのです。
難しい言葉でいえば「一つとなる」だと「転成一体」であり、「一つである」は「本来一体」です。
蓮如上人が機法一体とおっしゃるのは「本来一体」ですので、あとのフレーズが正しいのです。
このように、「タノム」「タスケタマヘ」「タスケタマヘトタノム」「タノムタスケタマヘ」や「機法一体」についての箇所は注意して読んでください。
理由
・タノム等は現代と意味が異なる。
・機法一体はいろいろな意味がある。